直播の大敵ピシウム菌と防除対策

技術・営農情報
鉄コーティング直播の出芽

鉄コーティング直播栽培の「苗腐病」についての概要や耕種的防除対策について前回ご紹介しました。(前回記事 ”直播栽培の苗立を左右する「苗腐病」とは?” はこちら

今回は「苗腐病を招くピシウム菌」と「生育不良を引き起こすピシウム菌」についての解説に加え、水稲湛水直播における化学的防除の意味、そして水稲湛水直播向けソリューション「RISOCARE(リゾケア)」の効果について、秋田県立大学 生物資源科学部 生物生産科学科 植物保護研究室 准教授の戸田 武さんにお話を伺いました。
 

ピシウム菌には”苗を枯らす菌”と“出芽直後の生育を阻害する菌”がいる


土壌を介して伝染するPythium(ピシウム)属菌は、植物の芽や根の先端といった細胞が新鮮な部位から侵入し、寄生・増殖する性質をもっており、イネの移植栽培では苗立枯病の、直播栽培では苗立ち不良の原因となります。

直播栽培における多くのピシウム属菌は、出芽後まもない芽を腐敗させるなど、生育を阻害します。なかでもP. arrhenomanes(ピシウム アレノマネス)と呼ばれる種は、鉄コーティング直播栽培において、「苗腐病」の原因菌であることが分かっています。他のピシウム属菌は出芽始期にしか影響を及ぼしませんが、ピシウム アレノマネスは出芽直後のみならず、ある程度生長した苗をも腐敗させる力を持っている病原菌です。

分かりやすく言えば、ピシウム アレノマネスは苗腐病を引き起こす「苗を枯らす菌」、それ以外のピシウム属菌は「出芽後の生育を阻害するいやがらせ菌」と言えると思います。

 
【 苗立ち不良の直播水田圃場】

苗立ち不良の直播水田圃場

ピシウム菌は、日本全国のどの土壌にも存在


では、これらのピシウム属菌ですが、いったいどこに潜んでいるのでしょうか。ピシウム属菌は水田や畑などの植物の根にコロニーをつくって寄生し、土壌伝染する卵菌類で、日本全国のどの土壌でも存在する、いわゆる「どこにでもいるポピュラーな菌」です。

水稲の場合、収穫後も根は土中で生きており、根の中で越冬したピシウム属菌が代かきや田植え時の湛水とともに水の中に遊走子のうを発生させ、それが感染源として働きます。

 

【刈り取り後の水田(秋田県大潟村)】

刈り取り後の水田(秋田県大潟村)

 

【ピシウム属菌はイネの根に寄生し越冬する】

稲地下部

 

育苗ハウスでも感染し、苗立枯病を起こすピシウム アレノマネス


また、ピシウム アレノマネスは、畦畔によく見られるメヒシバやエノコログサといったイネ科雑草の根にも寄生しているのが分かっています。そのため、育苗ハウスの中にこれらの雑草があった場合、雑草を通じて菌が伝染し、苗立枯病が引き起こされると考えられています。

 

様々なピシウム属菌が複合的に苗立ち不良に影響


一方で、水稲におけるピシウム属菌と言っても、ピシウム アレノマネスのほかに、P. myriotylum(ピシウム ミリオタイラム)やP. dissotocun(ピシウム ディソトカム)など10種類以上の多様なピシウム属菌が存在していることが研究の結果、分かりました。

下記の写真は、ピシウム アレノマネスとその他のピシウム属菌(A~D)のイネへの影響調査で、ピシウム アレノマネス以外のピシウム属菌も、無接種に比べて生育不良を引き起こしていることが見て取れます。ピシウム属菌が出芽直後の芽に侵入し生育に大きく影響与え、生き残った芽のみが苗立ちしたと推察されます。

また、ピシウム属菌は、同じ場所でも複数の種が混在しており、場所によって種の数や割合が異なりますが、それらの種が複合的に苗立ち不良に影響していると考えられます。そのため、仮に苗腐病の病原菌のピシウム アレノマネスが少ない場合であっても、それ以外のピシウム属菌が存在していれば、苗立ち不良が起こりえると考えられます。

 

【異なる種のピシウム属菌による苗生育調査】

異なる種のピシウム属菌による生育調査(苗立ち・本番展開)

これらのピシウム属菌がイネに感染しやすい条件として共通しているのは「湿潤環境」であり、湛水状態で菌の遊走子のうが活性化します。ピシウム アレノマネスは比較的幅広い温度範囲で感染しますが、その他の種はそれぞれによって活性が高まる温度帯が異なると考えられます。

 

水稲直播栽培の苗立ちを改善させる「RISOCARE(リゾケア)」


当大学の植物保護研究室では2015年より、秋田県大潟村などの圃場において、苗腐病に対する化学的防除の試験を実施してきました。

試験において、水稲湛水直播向けソリューション「RISOCARE(リゾケア)」に配合される薬剤を種子処理した区では、本葉展開までの生育が早いという印象があり、無処理区と比べ苗立率が20ポイント以上向上しました。

この苗立率向上の背景には、「RISOCARE(リゾケア)」における2つの薬剤の作用があります。一つは酸素供給剤「オクソス®DS」が還元障害を緩和し、苗立歩合を安定化させます。もう一つは、殺菌剤「スクーデリア®ES」によるピシウム属菌の防除効果。この2つの作用が苗立ち改善につながったものと推察しています。

今回の一連の試験を通じて、「スクーデリアES」の有効成分メタラキシルMは、ピシウム属菌に非常に活性が高いという印象を持っています。秋田県でも生産者の方から、「苗運びが大変なので直播に取り組みたいが苗立ちが不安定だから…」という声をよく聞くので、こうした現場でも「RISOCARE(リゾケア)」のようなコーティング済み種子を導入することで、直播栽培へのハードルを下げることができるのではないかと考えております。

 

【「オクソスDS」・「スクーデリアES」の試験データグラフ】

「オクソスDS」・「スクーデリアES」の試験データグラフ

直播栽培への参入をもっと容易に


近年は秋田県でも耕作放棄地が増加するなど、農業人口が減少するなか、農作業の省力化によって少しでも農業生産力を向上させようという取り組みがはじまっています。水稲の直播栽培は、生産現場に大きな省力化をもたらしますが、雑草や水管理の手間、苗立率の不安定さがハードルとなって二の足を踏む生産者の方が多いようです。

しかし、直播栽培は、育苗や移植の手間が省ける労力・コスト削減のメリットは大きく、「RISOCARE(リゾケア)」のような苗立率を向上させる化学的防除技術の導入で苗立率を向上できれば、直播栽培への参入はもっと容易になるのではないでしょうか。今後、直播栽培に取り組む生産者が増え、農業が活性化していくことを強く望んでいます。

 

※スクーデリア®ES:水稲直播向けコーティング処理済み種子 「リゾケア®XL」にコーティングされる殺菌剤
※オクソス®DS:水稲直播向けコーティング処理済み種子 「リゾケア®XL」にコーティングされる酸素供給剤

秋田県立大学生物資源科学部_戸田武准教授

 

 

 

 

 

 

 

秋田県立大学 生物資源科学部 生物生産科学科
植物保護研究室 准教授 戸田 武さん
2020年6月取材